ヴィジョンを示しても人は動かない

~DX時代のマネジメント~

 東京都内に20店舗以上飲食店を経営する社長のお話を伺いました。コロナの影響もあり、業績が伸びない、このままだと倒産するかもしれない、そこで考えたのが業績評価だったということです。

業績が前年対比105%以上になったら、ボーナスも給料も上げる。しかも青天井で上がれば上がるほどボーナスがもらえるぞ、さあ頑張って売上を上げよう。というように具体的な目標と達成したと時のインセンティブを従業員に提案したそうです。

 しかし、まったく売上が伸びない。そんな時、一生懸命働いてくれているアルバイトの一人が言った言葉が、「もう止めませんか、お金で人を釣るようなことは。私は、お客さんの笑顔が見たいので頑張ってるだけです。なんか嫌な感じがずっとしてるんです。」

 この言葉で、社長は何のために飲食店経営を始めたのかを思い出したそうです。それ以来、売上に関しては一切スタッフには言わないことにしたら、業績が上がり出したということです。

 この事例の中には学ぶべき多くの事があると思います。その中の一つが、目標や達成した時のインセンティブで、人は動かないということです。

 自分の経験をもとに考えると当たり前のことだと思う人もいると思いますが、マネジメントする側になると、この当たり前が忘れられてしまう。そして、この当たり前がDX時代では重要なマネジメント視点になります。

95%のリーダーが見過ごしているマネジメント視点

 ハーバード・ビジネススクールのテレサ・アマビール教授と心理学者のスティーブン・クレイマーの共同研究の結果から書き下ろした「マネジャーの最も大切な仕事」栄治出版によれば、

 社員のモチベーションを高める手法として、ほとんどのリーダーが次の3つをあげています。

  1. 具体的な目標を設定する
  2. 魅力的なインセンティブ(給与・ボーナス)
  3. 評価・フィードバック

 ところが、現実に起きていることは、違っています。先ほどの事例の社長も、具体的な目標を示し、その評価によってボーナスを社員に提案したわけですが、効果が出なかったというのが現実だと思います。

 「マネジャーの最も大切な仕事」の中では、この給与・ボーナス、評価・フィードバックそして具体的な目標は、社員のモチベーションを高める効果は限定的だとデータ解析のもとで示しています。

 そして95%のリーダーが見過ごしている、社員のモチベーションを高める方法として大切なことは、「小さな進捗の力」です。

 「小さな進捗の力」とは、日々の業務の中に存在する力です。目的や目標に向かって進む中で、やってきたことが間違いなく上手く進んでいると実感できるような事から得られる達成感と言えるものです。

 人は、このような日々の達成感の積み重ねによって、仕事に対するモチベーションを高めながら目標を達成させていくのかもしれません。

 実は、これは人の本能に由来するものです。DX時代は人の感性や感情が大切な時代だとも言えます。だからこそ人の本能は無視できません。

人の本能は未来を見ずに「今」に焦点をあてる

 人の本能は「今」に焦点をあてます。なぜならば今を生きていなければ、明日は無いからです。今の世のなかだからこそ、安心して暮らすことが出来ていますが、太古の昔は、他の大型肉食動物に食べられるかもしれず、今日の命が大切だった時代が長く続いてきた歴史があります。

 だから、本能は安心安全な社会にいたとしても、「今」に焦点を当て続けています。マネジメントにおいてもこの本能の視点は重要です。

 人は目標よりも、今の出来事、行動に意識が向きます。目標やヴィジョンを見た時には気持ちがワクワクしたとしても、いつの間にか忘れてしまいます。

 目標達成を上司から鼓舞され、励まされたとしても、今の活動によってその目標に向かって進んでいる実感が無ければ、目標達成に「あきらめ」が出てくるのも当然です。

 このように、人の本能がモチベーションに関係するとしたならば、やりがいとモチベーションの関係はどんな関係があるのでしょうか

  1. 人は「やりがいのある仕事」に従事しているからやりがいを感じてモチベーションが上がる。
  2. それとも今、従事している仕事に意味や意義を感じられるからモチベーションが上がるのか。

 この2つのどちらが、モチベーションの要因になると思いますか?

 ひょっとしたら、多くの人は「やりがいのある仕事」が先にあり、そんな仕事だからやりがいを感じ、モチベーションが上がると思っているかもしれません。

 ところが、「今」を見るという本能の視点でとらえると、今の仕事に意味や意義を感じるからやりがいを感じ、モチベーションが上がります。

 そして、多くの現実に起きていることは、今の仕事にやりがいを感じるからモチベーションが上がっています。

 さらに加えると、このことは本能からくる感情です。能力ではありません。つまり優秀(何をもって優秀と判断するかの問題は別にして)な人材か優秀ではないかも、やりがいやモチベーションに関係は無いということが言えます。

 このことを頭に落とし込んでDX時代のマネジメントを考えることが最も重要なリーダーの役割になると考えます。

 なぜならば、人の能力は「1%の才能と99%の努力」だと言われるように、その人の学びの姿勢や取り組む行動によって、後から見についてくるものだからです。

 そしてモチベーションは、この行動の質を上げることに繋がり、能力を早く、効果的に身につける為に最も重要な要因となります。

 それでは、小さな進捗に焦点をあてて、DX時代のマネジメントを進める為にリーダーが何に注目して行動することが必要かについて記事を進めていきたいと思います。

人には誰かに貢献しているという実感が必要

 小さな進捗に注目することが大切と書きましたが、何でも良いというわけにはいかないところに、マネジメントの難しさがあるかもしれません。

 仕事の進捗を実感し、それがやりがいにつながるためには、その仕事が誰かの役に立っている、誰かが喜んでいるという実感が必要になります。

 以前は3Kと呼ばれ、人が嫌がる仕事がありました、K(きたない)、K(危険)、K(苦しい)の3Kです。

 しかし、そんな仕事をしている人の中には、目を輝かせて活き活きと仕事をしている人がたくさんいます。3Kと呼ばれる仕事のほとんどが、それが無ければ社会が成り立たなくなるような仕事だったからです。

 例えば、ごみ収集や産業廃棄物の処理、土木建築の作業にビル掃除や新幹線の清掃など、その仕事が無ければ、ほとんどの人が快適な暮らしを諦めなければなりません。

 このように、その仕事が誰かの役に立っている、誰かに貢献しているという実感があれば、やりがいがわき上がり、モチベーションも上がります。

 それゆえに、マネジメントは仕事を進める為の管理から、その仕事が誰に貢献しているかを社員に実感させることを第一に考えることがDX時代には特に重要になってきます。

 つまり、リーダーのマネジメントの意識変革も必要になります。結果を第一に考えるのではなく、その仕事の目的を第一に考え、社員のモチベーションを高めることを第一に置くことが求められます。

 そんなことは分かっているけど、方法も分からなければ、目の前のやらなければならないことが多くて社員のモチベーションにまで気を配れないというリーダーの方も多いとおもいます。

 しかし、「急がば回れ」と、昔から言われるように、多様性が拡げ、人の感性を活かすことがDX時代に大きな成果(売上や利益)を引き出す最も効率的な方法だとしたら、その方法を知り、チャレンジすることを始めなければならないと思うはずです。

なぜならば、過去と同じマネジメントを続けていても、結果は出ないことはこれまでの実績を見ていれば分かることです。

 では、どこに注目してマネジメントを進めていけば良いのかを次に示していきます。

1on1ミーティングを活用する

 社員との1対1のミーティングを実施している会社が増えてきています。この場を活用したいところです。なのでまだ実施していないところ始めることをお勧めします。

 この1on1で毎回行いたいことが次の2つです。

  1. 成功の共有
  2. 失敗(困難)の共有

 成功の共有は、大きな成功である必要はありません、そんな成功はしょっちゅう起こることは無いので、小さな進捗で大丈夫です。

 そして、その進捗が上手く進んだ要因がどこにあるのか、どんな行動が上手くいったのかなどを共有し、リーダーはその行動を承認することが大切です。

 さらに、その小さな進捗は誰の為になるのか、どんな貢献につながるかを具体的に共有し、貢献の意識を高めたいところです。

 失敗(困難)の共有も大事です。目標が高ければそれだけ困難もついてきます。思うように進まないことが普通です。

 

 この困難を乗り越えることで、人は成長し、モチベーションも上がるのですが、一人では超えられない事が多いのが現実です。

 ここでリーダーが取る行動が重要になります。「この困難を乗り越えてこそ一人前になるんだ」なんて突き放すのは昭和の時代のマネジメントです。

 DX時代のマネジメントでは、具体的に困難を乗り越える為に、何をするのか、何が足りないのか、どのように行動するのか等を明らかにしていく、

そして足りないものや、分からないことなどが出てくれば、サポートするといった、コーチングのアプローチによって、確実に進捗するマネジメントが大事です。

 1on1にかける時間は25分から1時間程度かなと思います。これを月に最低でも1回は行うことは可能だと思いますが、いかがでしょうか

 この時間を持つことで、社員が確実に成長し、仕事にやりがいを持ち、モチベーションを高くすることが出来るとしたら、リーダーの第一優先の仕事として取り組むことがDX時代の組織づくりの基本になると考えます。

まとめ:DX時代は人材育成のチャンス

 企業にとって人が財産ですとか、宝です。という表現がされますが。人材育成とマネジメントを別物として捉えているように見えます。

 やるべき行動が決まっていて、それを洗練させていけば組織も成長し業績も伸びていく時代は終わったと考えて良いと思います。

 やるべきことが決まった業務はAIやロボットの得意分野です。人はそのAIやロボットを使い、生産性を上げていく能力の発揮が求められます。

 その為には、仕事の現場で主体的に業務を進めていき、新たな経験を積みながら自立的に学習していく組織づくりがDX時代に飛躍する組織であると考えています。

 つまり、マネジメントの主な役割は、人づくりであり組織づくりであると考えて良いと思っています。それが最も効率的に成果を出し続けるマネジメントであると考えます。

 加えて言えることは、企業は優秀な人材を採用することも大事ですが、その前に「やりがいのある仕事」をつくりあげることが大事です。

 その為には、企業の存在目的を明確にし、日々の仕事が誰の、どんなことに貢献するのかを常に念頭に置きながらマネジメントを実践していけたら素晴らしい企業が生まれでしょう。

 一人でも多く、DX時代のマネジメントを実践し、成長し続ける組織をつくりあげることを希望します。

ここまで記事を読んでいただきありがとうございます。

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