鎖につながれていないサーカスの象
サーカスで語られる有名な寓話があります。
大きな象が、地面に打ち込まれた杭に、細いロープ一本でつながれている。
その気になれば簡単に引きちぎれるはずなのに、象は決して逃げようとしません。
理由はこうです。
象は子どもの頃、同じように杭につながれ、何度も逃げようとして失敗しました。
その経験から「どうせ無理だ」と学び、成長して十分な力を持った後も、挑戦すること自体をやめてしまったのです。
この話は、どこか遠い世界の出来事ではありません。
私たち人間の生き方にも、驚くほどよく似ています。
自由とは「何でもできること」ではない
「自由に生きたい」
働き盛りの現役世代なら、誰もが一度はそう思ったことがあるはずです。
時間に縛られず働きたい。
自分らしい選択をしたい。
周囲の期待に振り回されたくない。
けれど現実には、
立場や責任が増えるほど「自由から遠ざかっている感覚」を抱く人も少なくありません。
ここで大切なのは、自由の定義です。
自由とは、
制限が一切ないことでも、
好き勝手に振る舞えることでもありません。
自由とは、自分の力が及ぶものを、常に自分でコントロールできること。
この定義に立ったとき、自由は、私たちに力を与えます。
私たちは、自由を「奪われている」のではない
本題に入る前に、ここで一つ、少し厳しい事実に触れなければなりません。
多くの場合、
私たちは自由を奪われているのではなく、
自由の意味を誤解したまま、自ら手放しています。
自由を、間違えるとただの保身になります。
「責任を負わなくていい状態」
「失敗しない安全な場所」
「波風を立てずに済む生き方」
と考えてしまい、人は自然と安易な方向へ流れます。
・上司がどう思うかが怖くて、本音を飲み込む
・失敗のリスクを避けるために、挑戦しない
・周囲と違う選択をする不安から、無難な道を選ぶ
・「前例がない」という言葉に寄りかかり、考えることをやめる
これらは一見、賢く、自分を守っているように見えます。
けれど実際には、自分で考え、選び、引き受ける自由を少しずつ放棄している状態です。
サーカスの象が、もはや切れるロープを前に動かなくなったように、
私たちもまた、
「楽で安全そうな選択」と引き換えに、
見えないロープを自分の手で握り続けてしまいます。
コントロールできるものに、人生を取り戻す
不自由さの正体は、とてもシンプルです。
自分ではコントロールできないものに、
感情や判断を委ねてしまうこと。
・他人の評価
・会社の方針
・景気や環境
・過去の失敗
・まだ起きていない未来
これらに心を支配されている限り、どんな立場にいても自由は感じられません。
一方で、確実に自分がコントロールできるものがあります。
・どんな姿勢で今日を生きるか
・何を学び、何を積み重ねるか
・どんな価値観で判断するか
・どんな一歩を踏み出すか
自由な人は、この領域に意識を集中しています。
自由は「結果」ではなく「今の態度」である
昇進したら自由になれる。
お金が増えたら自由になれる。
環境が変わったら自由になれる。
そう思っている限り、自由はいつまでも先送りされます。
自由とは、結果ではありません。
今この瞬間の態度です。
・自分で考える
・自分で決める
・選んだ結果を引き受ける
この姿勢を持つことで、人生の主導権は少しずつ自分に戻ってきます。
自信とは「未来への保証」ではない
最後に伝えたいことがあります。
自信とは、
「うまくいく確信」
「失敗しない保証」
ではありません。
自信とは、今の自分が選び、動いているという実感です。
完璧でなくていい。
迷いがあってもいい。
不安を抱えたままでもいい。
それでも、自分の力が及ぶ一歩を、自分で選んで踏み出す。
その積み重ねが、「今を生きている」という確かな感覚を生みます。
もし今、
息苦しさや停滞感を感じているなら、こう問いかけてみてください。
これは本当に、私の力が及ばないことだろうか。
それとも、もう引きちぎれるロープだろうか。
自由は、誰かに与えられるものではありません。
自分の態度によって、今この瞬間から取り戻せるものです。
そしてその自由の中で生きるあなたは、
もう十分、胸を張って「今を生きている」と言っていいのです。